1999年8月下旬、初めて、南アジアの最貧国「バングラデシュ」を訪れた。
(特活)シャプラニール=市民による海外協力の会の創設者、福澤郁文氏が、
「トクトクの会」のために、コーディネートした企画で、
少数民族が住むチッタゴン丘陵のランガマティと、
(特活)シャプラニール=市民による海外協力の会のプロジェクト地、
ノルシンディー県ベラボー郡アムラボ村を訪ねる旅だった。
かねてより、バングラデシュを旅しないかというお誘いはあったが、
女性の地位が低いとされるイスラム教の国だからと敬遠していたのだ。
しかし、実際は違った。
バングラデシュの前に、パキスタンを2回訪問していたが、パキスタンでさえ、
女性たちは屋敷地の中で自由闊達だった。
彼女たちはイスラム教徒らしく外出時にはブルカを被っていたが、
家の中では夫や兄弟に守られて健やかに暮らしていたのである。
バングラデシュの平野部農村地域では、パキスタンより、さらにゆるい感じをもった。
アムラボ村の女性たちは、
屋敷地や数軒先の親戚や友人宅までは、ブルカ無しで行き来していたし、
屋敷地は土壁で囲まれることなく、見通しの良い果樹で区切られていた。
バリと呼ばれる屋敷地内では、とてもゆったりとした時間が流れ、
家庭の主婦は家事に忙しげにしていたが、家畜や子どもたちは、
くったくなく自由に近所を行き来し、コミュニティ全体で子育てをしている様子がうかがえた。
そして、バングラデシュがパキスタンと大きく違ったのは、
1つの村の中に、イスラム教徒もヒンズー教徒も混在し、諍いもなく暮らしていたことだった。
村を一巡しながら、夕餉の時刻、かまどから立つ御飯が炊ける香ばしい匂いが忘れられない。
そして、一面の田圃に映える夕焼けの美しかったこと。
10年以上前のことだが、出会った人や村の風景については、昨日のことのように覚えている。
昼間は、女性の相互扶助グループ「ショミティ」の活動を見学させてもらった。
最初は、貯蓄グループとして、ショミティのメンバーが小金を積み立てており、
それを集金し、帳簿に金額を記入し署名する様子を拝見した。
イスラム教の国では家計は男性が管理しているが、
少額のお金を積み立てることで、女性でも家計に寄与する活動を行うことができるようになっていた。
後半は、地元NGOのコミュニティーオーガニザーが先生役になり、衛生教育をしており、
手洗いの重要性、水を媒介とした病気の防ぎ方、
出産時に消毒したカミソリでへその緒を切ることの大事さなどを学んでいた。
夜は、男性ショミティを訪問した。カエルがきれいな声で鳴く暗闇の中、
田圃の畦道を懐中電灯の光を頼りに、ショミティ活動のための小屋を訪問した。
男性20人程が、老いも若きも、文字を習っていた。識字教室だ。
そこでは、1人の老いた男性が、詩を朗読してくれた。
彼は一介の農民ではあったが、とても素敵な詩だった。
採録しておきたい。(通訳は、シャプラニールの筒井哲朗氏)
『夜になった学校へ行こう』
(1) 一日が終わった、さあ、学校へ行こう。
昔、わしらは貧しかった。学校へは行っていない。
さあ、今日も一日の仕事が終わった。学校へ行こう。
(2) 夜になった、学校へ行こう。
最近は、国の外、外国に行く人もいる。
でも、わしは字を知らない。わしは学校へ行かなかった。
さあ、今日も仕事が終わった。夜になった学校へ行こう。
(3) 夜になった、学校へ行こう。
今日も夜になった、さあ、わしらの学校へ行こう。
わしらは、今、貧しくはない。今日の一日の仕事が終わった。
学校へ行こう。わしらの家族のために。わしらの土地のために。
さあ、夜になった。わしらの学校に行こう。
今でも、この最後の、「夜になった学校に行こう。」というリフレインは忘れられない。
貧しい中で、学ぶことの喜びと尊厳があふれている。
そして、昨今盛んになってきた海外への出稼ぎについて、ちょっとした揶揄も含んでいる詩だ。
ユーモアと風刺が混在している。
このように、バングラデシュでは、民衆が担う生活文化が今も息づいている。
アジア初のノーベル文学賞受賞者、R.タゴール(1861~1941)は、
インドのベンガル地方出身だが、バングラデシュのクスティアにも長く住んだことのある詩聖で、
バングラデシュの国歌「黄金の国ベンガル」を書いた人だ。
タゴールの影響なのか、詩作や詩吟はこの地では盛んで、
例えば、恋人に対して「あなたは美しい」と言う場合の表現の1つに、
「あの雨雲の黒い色のようにあなたの髪は漆黒で美しい」などがあり、
美しい1つにとっても実に多様で、表現が豊かだそうだ。
私は、この最初の訪問でバングラデシュが好きになってしまった。
特に、アムラボ村が忘れられない地となった。
GNPやGDPで表すところの貧困問題や開発の遅れはあるだろうが、
大地と人々の営みは、整然としてつましく、そして、美しいと感じたのだ。
このブログでも、時に、バングラデシュのある種の豊かさをお伝えしていこうと思う。
アバール・デカ・ホベ